はじめに|「新しい義務」ではなく、既存制度をどう実効性あるものにするか
2026年8月27日、厚生労働省・こども家庭庁は、第62回「障害福祉報酬改定検討チーム」で、「令和9年度障害福祉報酬改定に向けた主な論点(案)」を公表しました。
その中で、障がい福祉事業所の運営に直接関係する論点として、
虐待防止措置
障害福祉サービス等情報公表制度
業務継続計画(BCP)
がまとめて取り上げられています。
ただし、ここで注意したいことがあります。
この3つは、令和9年度から初めて求められるものではありません。
すでに現行制度の中で事業所に求められている対応です。
今回の令和9年度報酬改定に向けた資料では、その既存の対応について、
「事業者に求められる対応を着実に進めるための検討が必要ではないか」
という方向性が示されています。
つまり今回のポイントは、
「新しく虐待防止やBCPが義務化される」
という話ではなく、
すでに義務化・制度化されているものを、現場でより確実に実施してもらうにはどうすればよいか
という段階へ議論が進んでいることです。
今回は、現在の制度を改めて整理したうえで、令和9年度改定に向けてどこが注目されているのかを考えます。
令和9年度改定で3つの対応が明記された
令和9年度障害福祉報酬改定の「主な論点(案)」では、「事業者の質の確保」という項目の中で、
- 虐待防止措置の実施
- 情報公表制度への対応
- 業務継続計画の策定
などについて、事業者に求められる対応を着実に進めるための検討が必要ではないか、とされています。
これは非常に重要な記載です。
なぜなら、この3つは単なる「行政へ提出する書類」の問題ではないからです。
虐待防止は、利用者の権利を守るための仕組み。
BCPは、災害や感染症が発生したときにも必要な支援を継続するための仕組み。
情報公表は、利用者や家族がサービスを選択するために必要な情報を社会へ示す仕組みです。
それぞれ目的は異なります。
しかし共通しているのは、
「作成した」「登録した」「開催した」という形式だけではなく、制度が実際に機能しているか
という視点です。
虐待防止措置はすでに義務化されている
まず虐待防止です。
障害福祉サービス事業所等では、令和4年度から虐待防止のための措置が義務化されています。
主な内容は、
- 虐待防止委員会を定期的に開催する
- 委員会での検討結果を従業者へ周知する
- 従業者に虐待防止研修を定期的に実施する
- 虐待防止のための担当者を置く
というものです。
さらに令和6年度障害福祉サービス等報酬改定では、これらの措置を実施していない場合の虐待防止措置未実施減算が創設されました。
つまり現在では、
「虐待防止研修をやっておいた方がよい」
という努力目標ではありません。
事業所として対応すべき運営上の仕組みになっています。
虐待防止は「年1回研修をやれば終わり」ではない
実務上、虐待防止について注意したいのは、
研修を開催することだけが目的ではない
ということです。
もちろん、必要な研修を実施し、その記録を残すことは重要です。
しかし、本来の目的は、
事業所内で虐待を発生させないこと
そして、
虐待につながる可能性のある支援を早い段階で見つけ、改善すること
です。
たとえば職員が、
「本人のためだから仕方がない」
「言うことを聞かないから強く言った」
「忙しいから少しくらい待たせても問題ない」
と考えている場面があったとします。
それが直ちに虐待に該当するかどうかは、個別の状況を確認しなければ判断できません。
しかし、そのような日常の小さな場面について、
「この支援方法でよかったのか」
と職員同士で振り返ることができる事業所と、
「昔からこうしている」
で終わってしまう事業所では、大きな違いがあります。
虐待防止委員会や研修は、書類を作るためのものではなく、
日常の支援を振り返るための仕組み
として機能させることが重要です。
虐待が起きなければ委員会は不要、ではない
もう一つよくある誤解があります。
「うちでは虐待なんて起きていないから、特に話すことがない」
という考え方です。
しかし、虐待防止委員会は、虐待が発生した後だけ開くものではありません。
むしろ重要なのは、未然防止です。
たとえば、
- 職員の負担が特定の人に集中していないか
- 強い言葉遣いが常態化していないか
- 支援方法が職員によって極端に違っていないか
- 利用者からの訴えを拾える仕組みがあるか
- ヒヤリとした支援事例を共有できているか
といった点を確認することも、虐待防止につながります。
「虐待が発生したかどうか」だけを見るのではなく、
虐待につながるリスクが事業所内にないか
という視点を持つことが重要です。
BCPもすでに「作成するもの」から「運用するもの」へ
次に、業務継続計画、いわゆるBCPです。
障害福祉サービス等では、感染症や災害が発生した場合でも、必要なサービスを継続できる体制を構築するため、BCPの策定が求められています。
令和6年度からは策定が義務化され、令和6年度報酬改定では、感染症または非常災害に関するBCPが策定されていない場合の業務継続計画未策定減算も創設されました。
つまり現在、BCPは、
「時間があるときに作ればよい資料」
ではありません。
事業所運営の一部です。
BCPは「ファイルがあるか」だけでは機能しない
BCPについて、私は特にここが重要だと考えています。
事業所の棚に、
「業務継続計画」
というファイルが置かれている。
しかし職員に、
「大きな地震が起きたら何をしますか」
「感染症が広がった場合、誰が判断しますか」
「管理者が出勤できなかったらどうしますか」
と聞くと誰も分からない。
これでは、BCPが実際に機能しているとは言いにくいでしょう。
BCPの目的は、計画書を作ることではありません。
災害や感染症が発生したとき、
限られた人員や設備の中で、必要な支援をどう継続するか
をあらかじめ考えておくことです。
だからこそ、計画を作るだけでなく、
職員への周知。
研修。
訓練。
実施後の振り返り。
必要に応じた計画の見直し。
という流れが重要になります。
非常災害対策とBCPを同じものとして扱わない
障がい福祉事業所では、非常災害対策とBCPが混同されることがあります。
もちろん重なる部分はあります。
しかし、基本的な考え方は異なります。
非常災害対策では、
火災や地震等が発生した際に、利用者の安全をどう確保するか
という視点が中心になります。
一方、BCPでは、
災害等が発生した後も、必要なサービスをどう継続・再開するか
まで考えます。
たとえば、
- 職員が何人出勤できるのか
- 通常の支援をどこまで継続できるのか
- 優先する業務は何か
- 連絡手段が使えない場合どうするのか
- 電気や水道が止まった場合どう対応するのか
- 代替場所や代替手段はあるのか
などです。
避難訓練を実施しているから、BCP対応も終わっている。
とは限らない点に注意が必要です。
情報公表制度も「登録したことがある」で終わらない
3つ目は、障害福祉サービス等情報公表制度です。
この制度は、利用者や家族がサービスを選択する際に必要な情報を得られるよう、障害福祉サービス事業者等が自らの情報を報告し、行政が公表する仕組みです。
令和6年度障害福祉サービス等報酬改定では、情報公表制度への報告がされていない場合に適用される情報公表未報告減算が創設されました。
また、指定更新時にも、情報公表に係る報告が行われていることを確認する仕組みが設けられています。
ここでも、
「開設時にWAM NETへ登録したから終わり」
ではありません。
制度上、必要な情報を適切に報告・更新していく必要があります。
情報公表は「行政向けの届出」ではない
情報公表制度については、
「また行政へ入力しなければならない」
と負担に感じる事業所もあると思います。
しかし、この制度の本来の利用者は行政ではありません。
サービスを探している利用者や家族です。
どのような支援を行っているのか。
どのような職員がいるのか。
どのような運営をしているのか。
そうした情報を比較しながら、利用するサービスを選ぶための仕組みです。
そのため、
入力されている情報と実際の事業所運営が大きく違う。
古い情報がそのままになっている。
必要な情報が未報告になっている。
という状態は、本来の制度趣旨からも望ましくありません。
3つに共通するのは「形式だけでは足りない」ということ
虐待防止。
BCP。
情報公表。
一見すると、まったく別の制度です。
しかし、今回の令和9年度改定の論点として並べて示されたことを考えると、共通する部分があります。
それは、
制度上求められている対応を、実際の事業所運営の中で機能させること
です。
虐待防止委員会の議事録がある。
BCPのファイルがある。
情報公表システムに一度登録した。
それだけで制度の目的が達成されるわけではありません。
「実施したことを説明できるか」という視点
行政書士として事業所の運営書類を見る際、私は、
「あるか・ないか」だけでなく、「実際にどう運用しているか説明できるか」
という視点が重要だと考えています。
たとえば虐待防止研修なら、
いつ実施したのか。
誰が参加したのか。
何を扱ったのか。
欠席者にはどう対応したのか。
研修内容を現場でどう活かしたのか。
BCP訓練なら、
何を想定したのか。
誰が参加したのか。
実際にやってみて何が分かったのか。
計画を見直す必要はなかったのか。
こうしたところまで整理できれば、単なる「実施記録」から、運営改善の資料へ変わっていきます。
令和9年度改定で何が変わるのかはまだ決まっていない
では、令和9年度報酬改定で虐待防止・BCP・情報公表について何が変わるのでしょうか。
現時点では分かりません。
今回の「主な論点(案)」では、
事業者に求められる対応を着実に進めるための検討が必要ではないか
と示されたところまでです。
したがって、
「虐待防止未実施減算が引き上げられる」
「BCP訓練の回数が増える」
「情報公表の項目が追加される」
といった具体的な変更を現時点で断定することはできません。
ここは、今後の報酬改定検討チームの資料を確認する必要があります。
だからこそ、将来予測より現在の運営を確認する
具体的な改定内容が決まっていない以上、
将来を予想して新しい書類を作る必要はありません。
それよりも、現在すでに求められている対応を確認する方が先です。
今確認しておきたい① 虐待防止
まず、虐待防止について確認します。
- 虐待防止委員会を必要な頻度で開催しているか
- 委員会の内容を職員へ周知しているか
- 虐待防止研修を実施しているか
- 担当者を定めているか
- 実施記録を残しているか
- 事業所内の実際の支援を振り返る内容になっているか
「去年と同じ資料で研修をした」というだけでなく、実際の支援の中で気になる点がないかを考えることが大切です。
今確認しておきたい② BCP
BCPについては、
- 感染症BCPが整備されているか
- 災害BCPが整備されているか
- 職員に内容が共有されているか
- 研修を実施しているか
- 訓練を実施しているか
- 実施記録が残っているか
- 連絡網や緊急連絡先が古くなっていないか
- 訓練後に必要な見直しを行っているか
といった点を確認します。
特に、
「計画書はあるが、最後に見たのがいつか分からない」
という状態には注意が必要です。
今確認しておきたい③ 情報公表
情報公表については、
- 必要な報告を行っているか
- 毎年度必要な更新を行っているか
- 現在の人員やサービス内容と一致しているか
- 財務状況等、必要な情報が報告されているか
- 事業所の移転や運営内容の変更が反映されているか
などを確認します。
WAM NETに掲載されている内容を、一度利用者の立場から見てみるのもよいと思います。
「この情報だけを見て、自分の事業所がどんな事業所なのか分かるか」
という視点です。
研修・委員会・訓練をバラバラに管理しない
実務上、もう一つおすすめしたいのが、
年間スケジュールとして管理すること
です。
障がい福祉事業所では、
虐待防止。
身体拘束適正化。
感染症対策。
BCP。
非常災害対策。
その他、サービス種別に応じた研修や委員会。
など、年間を通じて複数の取組が必要になります。
これを、その都度、
「今月は何をしないといけなかったかな」
と確認していると、抜けやすくなります。
必要な研修・委員会・訓練を年度当初に整理し、
いつ、何を、どの形で実施するのか
を年間スケジュールに落とし込んでおく方が、現場の負担も軽くなります。
「書類を増やすこと」が対策ではない
今回の改定論点を見て、
「また書類が増えるのではないか」
と思う方もいるかもしれません。
実際、今後制度が変更されれば、新しい対応が必要になる可能性はあります。
しかし、今の段階で新しい書類を増やす必要はありません。
むしろ、
すでにある制度が実際に運用されているか
を確認する方が重要です。
虐待防止委員会を開く。
BCP訓練を行う。
情報公表を更新する。
そして、
実施した内容を記録し、必要に応じて改善する。
この基本をきちんと回せる仕組みを作ることの方が、将来の制度改正にも対応しやすくなります。
まとめ|「作ってある」から「機能している」へ
2026年8月27日に公表された令和9年度障害福祉報酬改定の「主な論点(案)」では、
虐待防止措置
障害福祉サービス等情報公表制度
業務継続計画(BCP)
について、事業者に求められる対応を着実に進めるための検討が必要とされました。
ただし、この3つは令和9年度から新しく始まる制度ではありません。
すでに現在の事業所運営で対応が求められているものです。
だからこそ、今やるべきことは、
令和9年度に何が変わるかを予想することではありません。
虐待防止委員会や研修は機能しているか。
BCPは現場で使える内容になっているか。
研修や訓練を実際に行っているか。
情報公表は現在の事業所の状態を正しく反映しているか。
こうした現在の運営を確認することです。
制度上必要な書類を作ることはもちろん大切です。
しかし、それだけを目的にすると、
「委員会を開催したことにする」
「毎年同じ研修資料を使う」
「BCPを一度作って棚にしまう」
という運用になりかねません。
大切なのは、
制度上求められている仕組みを、利用者の安全や権利、支援の継続につながる形で運用すること。
令和9年度報酬改定で具体的に何が見直されるのかは、これからの議論を待つ必要があります。
当ブログでも、具体的な改定案や通知等が公表された際には、一次情報を確認したうえで引き続き解説していきます。
一次情報・参考資料
・厚生労働省・こども家庭庁「令和9年度障害福祉報酬改定に向けた主な論点(案)」
・厚生労働省「令和6年度障害福祉サービス等報酬改定について」
・厚生労働省「障害者福祉施設等における障害者虐待の防止と対応の手引き(令和6年7月)」
法定研修・委員会・訓練を、
年間で無理なく回しませんか?
「今年、何をいつ実施すればよいのか整理できていない」
「虐待防止やBCPなど、研修・委員会・訓練の準備が毎回負担になっている」
「実施はしているけれど、議事録や訓練記録まで十分に残せているか不安」
という事業所様へ。
行政書士田中慶事務所の
「法定研修・委員会・訓練 年間運用サポート」では、
障がい福祉事業所に必要な研修・委員会・訓練を年間スケジュールとして整理し、
毎月の研修資料、実施記録、委員会議事録案、訓練記録案、欠席者対応まで、
1年間を通じて「実施」と「記録」がつながる形で運用できるよう支援します。
※未実施の研修・委員会・訓練を、後から実施済みとする記録作成は行いません。
※行政機関からの指摘、報酬返還・減算等が生じないことを保証するサービスではありません。



