はじめに
2026年9月17日に開催された第159回社会保障審議会障害者部会で、厚生労働省から「障害福祉分野における人材確保・生産性向上に関する検討会の設置について」が報告されました。
この資料では、障害福祉分野について、
- 労働力人口の減少
- 障害者の重度化・高齢化
- 人材確保の難しさ
といった課題が進む中でも、利用者視点に立った質の高い障害福祉サービスを提供していくために、必要な人員の確保と、生産性向上の両方を進めていく必要があると整理されています。
特に注目したいのが、
「障害福祉分野における生産性向上ガイドライン」の策定
です。
厚生労働省は、このガイドラインを令和8年度中に策定する予定としています。
ただし、ここで注意したいのは、
「生産性向上=職員を減らす」
という意味ではないことです。
障害福祉における生産性向上は、介護分野などで使われる一般的な「効率化」という言葉だけでは捉えきれません。
今回は、第159回障害者部会の資料と、厚生労働省がこれまで示してきた「障害福祉現場における生産性向上の基本的な考え方」をもとに、今後、障害福祉事業所にどのような変化が想定されるのかを整理します。
なお、第159回障害者部会については、これまで次の3記事でも取り上げてきました。
- 令和9年度障害福祉報酬改定、「サービスの質」はどう見直される?
- 就労継続支援A型・B型の役割は変わるのか?「雇用と福祉」の中間とりまとめを読み解く
- 一般就労中でもA型・B型を利用できる?「復職支援型」の条件と必要書類を解説
今回が、第159回障害者部会を扱うシリーズの最終回です。
なぜ今、障害福祉で「生産性向上」なのか
厚生労働省は、今回の検討会設置の背景として、まず労働力人口の減少を挙げています。
今後、福祉分野だけが人材不足から無縁でいられるわけではありません。
その一方で、障害福祉の現場では、利用者の重度化・高齢化も進んでいます。
つまり、
支援の必要性は高まる一方で、支える人材は確保しにくくなる
という問題があります。
この状況で、単に「もっと人を採用しましょう」と言うだけでは限界があります。
そこで国は、
必要な人員を確保する取組
と同時に、
限られた人員でも質の高いサービスを提供できる仕組みをつくること
を政策課題として位置付けています。
その一つが、生産性向上です。
障害福祉の「生産性向上」は、人を減らすことではない
「生産性向上」という言葉を見ると、
- 人員を減らす
- 仕事量を増やす
- 少ない職員で多くの利用者を支援する
- ICTを導入して機械的に効率化する
といったイメージを持つ方もいるかもしれません。
しかし、厚生労働省は2026年3月に公表した「障害福祉現場における生産性向上の基本的な考え方」で、生産性向上について、
支援を減らすことでも、人を減らすことでもない
と明確に整理しています。
そのうえで、
支援者一人ひとりの力を引き出し、チームでその力を利用者に届けることで、新たな価値を生み出すこと
を障害福祉における生産性向上としています。
つまり、目的は単純なコスト削減ではありません。
本来、支援職員が向き合うべき利用者支援へ、より多くの時間や力を使えるようにすること。
これが基本になります。
例えば、どんな業務が対象になるのか
障害福祉事業所の日常業務を考えると、職員の仕事は利用者への直接支援だけではありません。
例えば、
- 支援記録の作成
- 個別支援計画の作成
- 職員間の情報共有
- 会議
- 研修
- 委員会
- シフト管理
- 行政への届出
- 請求業務
- 書類の保管
- 電話や連絡調整
など、多くの間接業務があります。
これらの業務の中には、
「必要だから行っている業務」
と、
「昔からそうしているから続けている業務」
が混在していることがあります。
例えば、
- 同じ内容を複数の書類へ転記している。
- 職員がそれぞれ別々の方法で記録している。
- 紙で保管しているため、必要な情報を探すだけで時間がかかる。
- 会議を開いているものの、目的が曖昧で長時間化している。
こうした業務を整理し、必要に応じてICTやデジタル技術を活用することで、職員が利用者支援へ使える時間を増やす。
これも生産性向上の一つです。
生産性向上=DXではない
ここも注意したいところです。
生産性向上と聞くと、
「新しい介護ソフトを導入する」
「タブレットを入れる」
「AIを使う」
という話になりがちです。
しかし、機器を導入するだけでは生産性向上とはいえません。
例えば、紙の記録をそのままパソコン入力に置き換えただけで、
同じ内容を別のシステムにも再入力している
のであれば、むしろ負担が増えることもあります。
大切なのは、
何のためにその業務を行っているのか
を整理したうえで、
- やめられる業務はないか
- 重複している業務はないか
- 手順を統一できないか
- 情報共有を簡単にできないか
- デジタル化した方がよい業務は何か
を考えることです。
つまり、
業務整理が先、ツール導入は後
です。
今回の検討会では何を議論するのか
第159回障害者部会で示された資料では、検討事項が大きく3つに整理されています。
1.人材確保
人材確保については、
- 障害福祉分野の仕事の魅力発信
- 処遇改善加算の取得促進に向けた取組方針
などが挙げられています。
つまり、生産性向上だけで人材不足を解決しようとしているわけではありません。
人材確保そのものも並行して進める方針です。
2.生産性向上
生産性向上については、
- 「障害福祉分野における生産性向上ガイドライン」の策定
- 生産性向上の取組や成果等を評価する仕組みの検討
- 生産性向上に関する戦略的な広報
が挙げられています。
中でも、今回の検討会では、ガイドラインの策定を重点的に検討するとされています。
3.都道府県による支援体制
さらに、
- 都道府県支援体制の設置・運営に係る伴走支援
- 都道府県支援体制整備状況等の調査
も予定されています。
生産性向上を各事業所だけに任せるのではなく、都道府県による支援体制を整えることも視野に入っています。
ガイドラインは令和8年度中に策定予定
今回の資料では、今後の予定も明示されています。
検討会は2026年7月28日に第1回が開催されており、
令和8年度中に「障害福祉分野における生産性向上ガイドライン」を策定する予定
です。
策定に当たっては、
- 当事者団体等の意見
- 調査研究の成果
- 社会保障審議会障害者部会での議論
などを踏まえるとされています。
また、2027年3月頃に開催予定の「障害福祉現場における生産性向上推進フォーラム」で、ガイドラインを含む取組成果を周知する予定です。
つまり、このテーマはまだ完成形ではありません。
今後数か月の議論によって、より具体的な内容が見えてくることになります。
「取組や成果を評価する仕組み」も検討される
今回、もう一つ注目したいのが、
「生産性向上の取組や成果等を評価する仕組みの検討」
です。
現時点では、それが具体的に何を意味するのかは決まっていません。
例えば、
- 報酬上の評価
- 加算
- 補助制度
- 事業所評価
- 行政による支援施策
など、どのような仕組みにつながるのかは、現段階では分かりません。
したがって、
「生産性向上加算ができる」
あるいは、
「DXをしていない事業所は減算される」
といった話をするのは早すぎます。
資料に書かれているのは、
取組や成果を評価する仕組みを検討する
というところまでです。
ここは、決定事項と検討事項を明確に分ける必要があります。
令和9年4月からは国・都道府県の責務にも位置付け
今回の資料では、2027年4月1日に施行される障害者総合支援法改正等についても触れられています。
改正後は、
人材確保や生産性向上を通じた質の高い障害福祉サービス等の確保や、経営基盤の確立を図るための取組の推進
が、国および都道府県の責務として位置付けられます。
つまり、生産性向上は単発のキャンペーンではなく、
今後の障害福祉政策の一つの柱として進められていく
可能性が高いテーマです。
事業所はいま何をすればいいのか
では、ガイドラインがまだ完成していない今、事業所は何をすればよいのでしょうか。
私は、今すぐ高額なシステムを導入する必要はないと思います。
まず確認したいのは、自分たちの業務です。
例えば、
1.同じ情報を何度も入力していないか
支援記録、ケース記録、会議録、申し送りなどに、同じ内容を何度も転記していないか。
2.職員ごとに業務方法が違いすぎないか
記録方法や書類保管、申し送りの方法が職員ごとに違うと、引継ぎにも時間がかかります。
3.会議や委員会の目的が明確か
法定の会議や委員会であっても、開催すること自体が目的になってしまえば、負担だけが増えます。
4.紙でなければならない理由があるか
「昔から紙だから」というだけで続けている業務がないか。
5.職員が本来の支援に使えている時間はどのくらいか
間接業務が増えすぎて、利用者と向き合う時間を圧迫していないか。
このあたりを整理するだけでも、改善できる業務は見つかるかもしれません。
効率化してはいけない部分もある
一方で、何でも効率化すればよいわけではありません。
例えば、
- 利用者本人との対話
- アセスメント
- 支援方針の検討
- 職員同士のケース検討
- 家族や関係機関との連携
など、時間をかけること自体に意味がある業務もあります。
障害福祉は、製造業のように「同じものを短時間で多く作ればよい」という仕事ではありません。
利用者ごとに状態も希望も異なります。
だからこそ、
減らしてよい時間と、むしろ確保すべき時間を分ける
必要があります。
生産性向上の本質は、
支援に必要な時間まで削ることではなく、不要な負担を減らして、本当に必要な支援へ時間を振り向けること
だと思います。
記録DXも「書類を減らすこと」だけが目的ではない
記録についても同じです。
「記録を書く時間を短くする」だけを目的にすると、必要な情報まで削ってしまう危険があります。
記録には、
- どのような支援を行ったか
- 利用者にどのような変化があったか
- 個別支援計画との関係
- 次の支援へどうつなげるか
を職員間で共有する役割があります。
重要なのは、
必要な情報を残しながら、無駄な重複や転記を減らすこと
です。
例えば、適切なシステムを使えば、一度入力した情報を職員間で共有しやすくなります。
逆に、システムを導入しても、紙とデジタルの両方に同じ内容を書いているのであれば、負担軽減にはつながりません。
DXは目的ではなく、あくまで手段です。
「生産性向上」と「サービスの質」は別の話ではない
今回のシリーズ第1回では、令和9年度障害福祉報酬改定において、サービスの質が重要な論点になっていることを取り上げました。
今回の生産性向上も、それとは別の話ではありません。
厚生労働省の資料では、
限られた人員でも質の高いサービスを提供する体制を構築すること
が目的として示されています。
つまり、
質を守るために生産性を高める
という関係です。
業務を整理し、重複作業を減らし、情報共有を改善し、職員が本来の支援に時間を使えるようにする。
その結果として利用者への支援の質を高める。
この順番を逆にしてはいけません。
まとめ
第159回障害者部会では、障害福祉分野における人材確保・生産性向上に関する今後の検討について報告されました。
今回のポイントは、
- 労働力人口の減少と利用者の重度化・高齢化を背景に、人材確保と生産性向上が政策課題となっている
- 生産性向上は、人を減らすことや支援を減らすことではない
- 「障害福祉分野における生産性向上ガイドライン」を令和8年度中に策定予定
- 生産性向上の取組や成果を評価する仕組みも検討される
- 都道府県による支援体制の整備も進める
- 2027年4月からは、人材確保や生産性向上を通じた質の高いサービス確保等の取組推進が、国・都道府県の責務として位置付けられる
という点です。
現時点では、新しい加算や減算が決まったわけではありません。
ですから、今すぐ将来を予測して大きな投資をする必要はありません。
一方で、
自分たちの業務の中に、重複・転記・属人化・探す時間・目的の曖昧な作業がどの程度あるのか
を見直すことは、今からでもできます。
障害福祉における生産性向上とは、
人を減らすための効率化ではなく、人が本来やるべき支援に、より多くの時間と力を使うための業務改善
として捉えるのが適切だと思います。
ガイドラインの内容が具体化すれば、事業所が取り組むべき内容も、さらに明確になってくるでしょう。
当事務所でも、引き続き一次資料を確認しながら、決定事項と検討段階を分けてお伝えしていきます。
「必要な業務」と「負担になっている業務」、整理できていますか?
研修・委員会・訓練・記録・年間スケジュールなど、 障害福祉事業所の運営業務は、重なるほど管理負担も大きくなります。
行政書士田中慶事務所では、法定研修・委員会・訓練を中心に、 年間を通じた運用サポートを行っています。
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