障害者雇用は「人数」から「質」へ?厚労省資料が示す一般就労と福祉の新たな関係

目次

はじめに

厚生労働省の「障害者就労に係る雇用福祉横断検討会」で示された、「雇用と福祉の果たすべき機能・役割と連携の基本的考え方(中間とりまとめ案)」

これまでの4回では、

  • 雇用と福祉の役割をあらためて整理しようとしている全体像
  • 就労継続支援B型の工賃と支援の質
  • 就労継続支援A型と一般就労の境界
  • 就労選択支援とアセスメント

について見てきました。

第5回では、視点を福祉側から一般就労側へ移します。

今回の中間とりまとめ案では、障害者雇用がこの20年間で大きく拡大したことを評価する一方で、以前から指摘されてきた課題として、障害者雇用の「質」を明確に取り上げています。

一般就労の人数が増えることは重要です。

しかし、

「雇用された」という事実だけで、障害者雇用が成功したと言えるのでしょうか。

採用された後に、その人に合う仕事があるのか。

能力を伸ばせるのか。

仕事ぶりが適切に評価されるのか。

昇給や昇進の機会があるのか。

安定して働き続けられるのか。

今回の資料からは、障害者雇用を「何人雇ったか」だけではなく、「どのように働けているか」まで見る方向がはっきりと見えてきます。

なお、本記事で扱う資料は現時点では中間とりまとめ案です。

個別の制度改正や新たな規制の内容が決定したものではありません。


障害者雇用は、この20年間で大きく拡大した

まず確認しておきたいのは、障害者雇用そのものが大きく進んできたという事実です。

厚労省資料によると、障害者自立支援法が制定された2005年当時、法定雇用率が適用される一般の民間企業で雇用されていた障害者は約27万人でした。

2025年6月1日時点では、約70.5万人まで増加しています。

障害種別で見ると、2025年時点で、

  • 身体障害者:約37.4万人
  • 知的障害者:約16.2万人
  • 精神障害者:約16.9万人

となっています。

また、就労系障害福祉サービスから一般就労へ移行する人も増えました。

2012年には7,717人だった一般就労への移行者は、2024年には28,943人となっています。

これは、企業だけの成果ではありません。

就労移行支援、A型、B型、障害者就業・生活支援センターなど、福祉・就労支援側が長年にわたって一般就労への移行を支えてきた結果でもあります。

一般就労と福祉は対立する制度ではなく、これまでも相互に関係しながら障害者雇用を広げてきました。


しかし「雇用率を達成するための人数確保」という問題も

障害者雇用が拡大した一方で、厚労省は今回の中間とりまとめ案で、かなり率直な問題提起をしています。

障害者雇用について、

障害者が能力を発揮して活躍することよりも、雇用率の達成に向けて人数を確保することが優先されるような動きも見られる

としているのです。

法定雇用率は、障害者の雇用機会を確保するための重要な制度です。

企業に一定割合以上の障害者雇用を求める仕組みがなければ、現在ほど雇用機会が広がらなかった可能性は高いでしょう。

しかし、数字を達成すること自体が目的になってしまえば、本来の目的と手段が逆転します。

例えば、

  • 雇用率を満たすために採用したものの、十分な仕事がない
  • 障害者向けの仕事として単純作業だけを切り出す
  • 能力が上がっても職務内容が変わらない
  • 評価や昇給の仕組みが整っていない
  • 一般の人事制度から切り離された状態で働き続ける

といった状態では、人数としては「障害者雇用」に計上されても、その人が能力を十分に発揮しているとは限りません。

そこで出てくるのが、障害者雇用の「質」という考え方です。


障害者雇用の目的は「雇うこと」で終わらない

中間とりまとめ案では、障害者雇用促進法の目的についても触れています。

法律が目指しているのは、単に障害者の採用人数を増やすことではなく、雇用促進や能力を有効に発揮するための措置などを総合的に講じ、障害者の「職業の安定」を図ることです。

つまり、

採用する

ことは入口にすぎません。

その後、

働き続けられる

能力を発揮できる

仕事を通じて成長できる

ところまで含めて考える必要があります。

厚労省は、障害者雇用を企業活動の中で持続可能なものにするためには、雇用関係の基本に立ち返る必要があるとしています。

企業側から見れば、障害のある従業員の能力を十分に引き出し、事業活動の中で活用すること。

働く本人から見れば、自分の能力を高め、十分に生かし、仕事を通じて会社に貢献できていると実感すること。

その両方が重要だという整理です。


厚労省が挙げる「雇用の質」6つの要素

では、「質の高い障害者雇用」とは何でしょうか。

単に、

「大切にしています」

「働きやすい職場です」

という話ではありません。

中間とりまとめ案では、労働政策審議会障害者雇用分科会で特に重視すべき要素として整理されている内容を紹介しています。

大きく6つあります。

1.能力を十分に発揮できること

まず必要なのは、その人の障害特性や能力と職務が適切にマッチしていることです。

さらに、現在できる仕事を任せるだけではなく、OJTや教育訓練など、成長につながる機会を確保することも含まれます。

「障害があるから、この仕事だけ」

と固定するのではなく、経験や成長に応じて仕事の幅を広げられる環境が求められます。


2.発揮した能力が事業活動に生かされること

能力を発揮できても、それが企業の事業活動と切り離されていては十分とは言えません。

本人の仕事が、

会社の中で何の役に立っているのか

を実感できることも重要です。

これは障害の有無にかかわらず、働くうえで非常に基本的なことだと思います。


3.適正な雇用管理が行われること

採用した後の、

  • 配置
  • 育成
  • キャリア形成
  • 障害特性への配慮

などを、場当たり的ではなく計画的に行うことが求められます。

合理的配慮を行うことはもちろん重要です。

ただし、「配慮すること」と「仕事を与えないこと」は同じではありません。

本人が働きやすく、なおかつ能力を発揮できる環境をつくることが必要です。


4.能力が正当に評価され、処遇に反映されること

ここは特に重要です。

厚労省資料では、

  • 評価結果に応じた職務への配置
  • 昇進
  • 昇給

まで明確に挙げられています。

障害者雇用であっても、働いた結果が適切に評価され、その評価が処遇に反映される。

考えてみれば当たり前の話です。

しかし、障害者雇用だけが一般の人事評価やキャリア形成から切り離されている企業では、この「当たり前」が成立していない場合があります。


5.雇用が安定していること

雇用の質には、安定して働き続けられることも含まれます。

短期間の雇用を繰り返すだけでは、本人の生活や将来設計も不安定になります。

もちろん、有期雇用そのものが悪いということではありません。

重要なのは、雇用契約のあり方も含めて、本人が将来を見通しながら働ける環境になっているかです。


6.経営層が理解し、組織として継続的に取り組むこと

最後は、現場担当者だけの問題にしないことです。

障害者雇用を、

障害者雇用担当者だけが対応する特殊な業務

にしてしまえば、その担当者が異動しただけで取組が崩れることもあります。

厚労省資料では、

  • 経営層の理解
  • 経営戦略等における障害者雇用の位置付け
  • 組織的・継続的に取り組む体制

も、雇用の質を構成する要素として挙げられています。

障害者雇用を「法定雇用率対策」にとどめず、企業経営の中にどう位置付けるか。

ここまで問われています。


「福祉から一般就労へ行けば成功」ではない

この議論は、福祉事業所にも関係があります。

就労移行支援やA型・B型では、一般就労への移行が一つの重要な成果になります。

利用者が企業へ就職した。

それ自体は大きな成果です。

しかし、

就職した瞬間に支援が成功したと考えてよいのでしょうか。

就職した先で、

  • 本人に合った仕事が与えられているか
  • 必要な配慮を受けられているか
  • 能力を発揮できているか
  • 適切に評価されているか
  • 安定して働き続けられているか

まで考えると、単なる「一般就労移行者数」だけでは見えないものがあります。

中間とりまとめ案でも、雇用の「質」への対応は、福祉から一般就労への移行を進めるためにも重要だと位置付けています。

一般就労先に魅力がなければ、利用者にとって福祉から一般就労へ移る意味も小さくなります。


A型と一般就労の賃金差が小さいという問題ともつながる

第3回で取り上げたA型の議論とも、ここはつながります。

厚労省資料では、A型と一般就労の間で、障害者本人に支払われる賃金額に大きな差がない場合があり、当事者から見れば一般就労へ挑戦するメリットが必ずしも大きくないという指摘も紹介されています。

もし、

A型では支援員から継続した支援を受けながら働ける。

一般就労へ移っても賃金がそれほど変わらない。

さらに職場で十分な支援やキャリア形成の機会もない。

となれば、

「なぜ一般就労へ移るのか」

という本人の疑問は当然です。

一般就労への移行を増やしたいのであれば、福祉側に送り出しを求めるだけでは足りません。

一般就労側を、本人が選びたいと思える働き方にしていく必要があります。


合理的配慮だけでは「質の高い雇用」にならない

障害者雇用というと、合理的配慮がまず思い浮かぶかもしれません。

もちろん重要です。

しかし、今回示されている「雇用の質」は、それより広い概念です。

例えば、

「疲れやすいので休憩時間を調整する」

「口頭指示ではなく手順書を用意する」

という配慮があったとしても、

何年間働いても仕事が変わらない。

評価制度の対象にならない。

昇給しない。

キャリア形成の機会がない。

という状態であれば、「働きやすさ」はあっても「能力発揮や成長」まで実現しているとは限りません。

これからの障害者雇用では、

配慮しながら働けること

からさらに一歩進んで、

配慮を受けながら、能力を発揮し、評価され、成長できること

まで求められていくのだと思います。


「戦力化」という言葉をどう考えるか

中間とりまとめ案では、企業側について、障害者の能力を事業活動の中で有為に活用することを「戦力化・活躍促進」と表現しています。

この「戦力化」という言葉に、少し引っかかる人もいるかもしれません。

障害者を企業にとって役に立つかどうかだけで評価するように聞こえる可能性があるからです。

ただ、私は資料全体を見る限り、そういう意味ではないと考えています。

ここで言われているのは、

障害者だから保護されるだけの存在として扱うのではなく、一人の労働者として能力を発揮し、その仕事が正当に評価される状態をつくる

ということです。

労務を提供し、その対価として賃金を受け取る。

能力を発揮すれば評価される。

成長すれば仕事や処遇にも反映される。

障害者雇用だけを、その通常の雇用関係から外さないという考え方だと読むのが妥当でしょう。


一方で「働ける価値」だけで人を評価してはいけない

ただし、一つ注意したいことがあります。

障害者雇用の質を高める議論が、

「生産性の高い障害者だけを雇えばよい」

という方向に進んではいけません。

障害の程度や特性によって、できる仕事や働ける時間は当然違います。

必要な合理的配慮の程度も異なります。

今回の中間とりまとめ案そのものも、

障害の有無にかかわらず、働くことを希望する人が、その能力・適性に合わせて働くことのできる社会

を目指すことを基本的な考え方としています。

大切なのは、人を企業の都合に合わせることではありません。

本人の能力・適性と仕事を適切に合わせ、必要な支援や配慮を行ったうえで、その人なりの能力発揮を実現することです。


福祉事業所側も「就職先の質」を見る必要がある

今回の議論を福祉事業所の実務に戻してみます。

一般就労への移行を支援するとき、

「就職できる企業を探す」

だけで終わっていないでしょうか。

本来は、

  • 本人が希望する働き方
  • 障害特性
  • 必要な配慮
  • 得意なこと・苦手なこと
  • 職務内容
  • 勤務時間
  • 職場の支援体制
  • 将来のキャリア

などを見ながら、企業とのマッチングを考える必要があります。

さらに、就職後も、

「続いているから大丈夫」

ではありません。

本人が能力を発揮できているのか。

困っていることはないのか。

仕事内容と本人の状態が合っているのか。

必要であれば企業側と調整する。

就労定着支援などを含め、就職後の支援の質もますます重要になります。


障害者雇用の「質」は、福祉と雇用をつなぐ論点

今回のシリーズでは、ここまで何度も「雇用と福祉の境界」を見てきました。

障害者雇用の質という論点は、その境界を考えるうえで非常に重要です。

一般就労の機会だけ増やしても、その働き方に魅力がなければ福祉から一般就労への移行は進みません。

逆に、

  • 自分に合った仕事がある
  • 必要な配慮を受けられる
  • 能力を伸ばせる
  • 正当に評価される
  • 昇給やキャリア形成がある
  • 安定して働ける

という一般就労が広がれば、福祉を利用している人にとっても、一般就労はより現実的な選択肢になります。

つまり、

一般就労への移行を進める政策と、障害者雇用の質を高める政策は、本来セットで考える必要がある

ということです。


まとめ

障害者雇用は、この20年間で大きく拡大しました。

これは間違いなく重要な成果です。

しかし、厚労省は今回の中間とりまとめ案で、

障害者が能力を発揮して活躍することよりも、雇用率達成のための人数確保が優先される動きがある

という課題を明確に指摘しています。

そして、「雇用の質」として、

  • 職務との適切なマッチング
  • OJTや教育訓練
  • 能力の事業活動への活用
  • 適正な雇用管理
  • 正当な評価
  • 昇進・昇給
  • 雇用の安定
  • 経営層の理解と組織的な取組

といった具体的な要素が示されています。

障害者雇用は、

「雇えば終わり」

ではありません。

そして福祉側も、

「一般就労へ送り出せば終わり」

ではありません。

本人が、自分に合った環境で働き、能力を発揮し、評価され、働き続けられること。

そこまで見て初めて、「一般就労」という選択肢の意味が出てくるのだと思います。

次回はいよいよ最終回です。

一般就労か福祉かという二択では捉えきれない「雇用と福祉の相互往来」について取り上げます。


シリーズ記事

第1回
「障害者就労はどう変わる?厚労省『雇用と福祉の中間とりまとめ案』から読む今後の方向性」

第2回
「就労継続支援B型は『工賃』だけで評価できるのか?高齢化・重度化する利用者と今後の役割」

第3回
「就労継続支援A型の役割はどう変わる?一般就労との境界から読む厚労省の議論」

第4回
「就労選択支援は今後どうなる?アセスメントの客観性・中立性を厚労省資料から読む」

第5回
「障害者雇用は『人数』から『質』へ?厚労省資料が示す一般就労と福祉の新たな関係」

第6回
「一般就労か福祉かの二択ではない?『雇用と福祉の相互往来』から考える障害者就労のこれから」

一次情報・参考資料

BUSINESS SUPPORT

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※制度改正や報酬改定の内容が決定する前に、対応を先取りすることを目的としたものではありません。
※現在の支援・運営状況を確認し、必要な範囲で整理や改善方法を検討します。

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この記事を書いた人

大阪市を拠点に、障がい福祉事業所の記録・個別支援計画、運営書類、法定研修、制度対応などの整理と運用を支援する行政書士です。
自身の福祉サービス利用経験と福祉現場での経験を踏まえ、制度の内容を解説するだけでなく、事業所、ご本人、ご家族が「次に何を確認し、どう動けばよいか」を分かりやすく整理することを大切にしています。
本ブログでは、障がい福祉の制度改定、事業所運営、支援記録、個別支援計画、親なきあとに関する制度・法務などについて、現場で役立つ視点から発信しています。

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