はじめに|令和9年度改定の議論が一段階進みました
2026年8月27日、厚生労働省・こども家庭庁は、第62回「障害福祉報酬改定検討チーム」を開催し、「令和9年度障害福祉報酬改定に向けた主な論点(案)」を公表しました。
これまでの検討チームでは、関係団体からさまざまな要望や意見が示されてきました。
しかし今回の資料は、それらを踏まえながら、国として令和9年度改定で何を主要な論点として検討していくのかを整理したものです。
その中で、障がい福祉事業所の運営に携わる方に特に注目してほしいのが、
「事業者の質の確保」
という論点です。
資料では、障害福祉サービスの拡大とともに、一部で十分な質が確保されていないサービスや、制度本来の趣旨に沿わない運営が問題となっていることを踏まえ、今後さらに対応を検討する方向性が示されました。
ただし、最初に非常に重要なことを確認しておきます。
今回公表されたのは「主な論点(案)」です。
令和9年度から新しい減算が始まる、特定の研修が義務化される、特定サービスの報酬が引き下げられる、といった具体的な改定内容が決まったわけではありません。
この記事では、現在公表されている一次資料から確認できる範囲に限定して、今回の論点が障がい福祉事業所の運営にどのような意味を持つのかを考えます。
厚労省が示した令和9年度改定の4つの論点
今回の資料では、令和9年度障害福祉報酬改定に向けた主な論点として、次の4項目が示されています。
- 持続可能なサービス提供体制の確保
- 希望する地域等での生活の支援や多様なニーズへの対応
- サービスの質の確保・向上と制度の持続可能性の確保
- 地域差や人口減少への対応等
この中でも今回の記事で取り上げるのが、3番目の
「サービスの質の確保・向上と制度の持続可能性の確保」
です。
さらに、この中の最初の項目として**「事業者の質の確保」**が掲げられています。
つまり、「質」という言葉が単なる理念として書かれているだけではありません。
令和9年度報酬改定で具体的な制度・報酬のあり方を検討する際の、一つの独立した論点として整理されたことが重要です。
なぜ「事業者の質」が改めて問題になっているのか
今回の資料では、前回の令和6年度報酬改定以降、障害者本位とはいえないサービス提供が行われた事案が明らかになっていることに加え、新規参入を促す際に、専門的な知識や経験を軽視するような事例も見られるとしています。
そして、十分に質が確保されていないサービスを提供する事業者も参入する中で、
- 障害福祉に係る総費用の増加
- 人材確保の難しさ
- サービスの質の低下への懸念
などが重なっているという問題認識が示されています。
ここで私が重要だと考えているのは、単純に
「事業所が増えすぎたから減らそう」
という整理ではないことです。
資料が示している方向性は、
限られた資源を、必要な支援を適切に提供している事業者へ振り向けていく
というものです。
そのため、指定や指導監査だけではなく、報酬制度についてもサービスの質を確保・向上させる方向で検討する必要があるとされています。
「質の高い支援」とは何なのか
では、ここでいう「質」とは何でしょうか。
これは、現段階では注意が必要です。
今回の資料だけを読んで、
「この条件を満たせば質の高い事業所である」
という具体的な基準が示されたわけではありません。
一方で、資料から今後検討される方向性を読み取ることはできます。
「事業者の質の確保」の項目では、
- 制度趣旨に沿わない加算算定への対応
- 指定や運営に関する各種ガイドラインを踏まえた対応
- 虐待防止措置
- 情報公表制度
- 業務継続計画(BCP)
- 従事者に求められる要件
- 研修
- 運営基準
- 報酬算定要件
などが挙げられています。
そして「想定される検討事項」として明記されているのが、
サービスの質を確保するための運営基準・報酬算定要件等のあり方
と、
管理者等の要件や研修など、支援の質を確保するための方策
です。
ここから先の具体的な制度設計は、今後の議論を待つ必要があります。
「書類をそろえていればいい」という話でもありません
障がい福祉事業所の運営支援に関わっていると、制度対応の話がどうしても「書類」の話になりやすいと感じます。
もちろん、必要な書類を適切に作成し、保存することは重要です。
しかし、今回の資料を読む限り、今後の方向性を
「書類をもっと増やせばいい」
と理解するのは違うと思います。
たとえば、個別支援計画が存在していても、実際の日々の支援とまったく結びついていなければ、その計画が十分に機能しているとは言いにくいでしょう。
支援記録も同じです。
毎日記録を残しているという事実だけではなく、
- どのような支援を行ったのか
- 利用者にどのような様子や変化があったのか
- 個別支援計画上の目標とどう関係しているのか
- モニタリングで何を振り返ったのか
- その結果を次の支援へどうつなげたのか
という流れが重要です。
これは今回の資料に「このように記録しなさい」と書かれているという意味ではありません。
ここからは、行政書士として障がい福祉事業所の運営実務を見てきた私の考えです。
制度がサービスの「質」をより重視する方向へ進むのであれば、事業所側も、
「必要な書類があるか」だけではなく、「実際に行った支援を説明できる運営になっているか」
という視点を持つ必要性が高まっていくと考えています。
加算も「取れるか」だけではなくなる可能性
今回の資料では、本来の制度趣旨に沿わず加算を算定する事業者が見られることについても触れられています。
ここも重要なポイントです。
障害福祉サービスの報酬では、さまざまな要件を満たした場合に加算を算定できます。
実務では当然、
「この加算を算定できるか」
という確認が必要です。
しかし、本来はそこで終わりではありません。
届出をした。
必要な様式を作った。
必要な人員を配置した。
それだけではなく、加算が評価しようとしている支援を実際に提供しているかという問題があります。
今回の資料がどの加算をどのように見直すかは、まだ示していません。
したがって、
「令和9年度から加算の審査が厳しくなる」
と断定することはできません。
ただ、制度趣旨に沿わない加算算定そのものが問題意識として明示されている以上、今後の議論では注視しておく必要があります。
指定・指導監査と報酬の両面から考える方向へ
もう一つ注目したいのが、今回の資料では、
事業者指定や指導監査等の取組に加えて、報酬上もサービスの質の確保・向上を図る
という考え方が示されていることです。
これまで以上に、
指定基準を満たしているか
運営指導で問題を指摘されないか
だけではなく、
提供している支援を報酬上どのように評価するか
という議論が強くなる可能性があります。
ただし、ここでも具体的な報酬体系はまだ決まっていません。
現段階で言えるのは、
「事業者の質」を指定・指導監査だけの問題として扱わず、報酬制度も含めて総合的に検討していく方向性が示された
というところまでです。
では、事業所は今すぐ何をすればいいのか
ここまで読むと、
「令和9年度に向けて、今から何か新しい書類を作らなければならないのか」
と不安になる事業所もあるかもしれません。
現時点では、今回の資料だけを理由に、新しい書類を作ったり、独自の運用を始めたりする必要はありません。
まだ「主な論点(案)」だからです。
むしろ、今できることはもっと基本的です。
1.現在の基準をきちんと守る
将来の制度を予想する前に、現在適用されている人員基準・設備基準・運営基準・報酬算定要件を確認することが先です。
2.実際の支援と記録を一致させる
記録のために支援をするのではありません。
実際に行った支援を、後から確認できる形で適切に記録することが基本です。
3.個別支援計画・日々の支援・モニタリングを分断しない
個別支援計画を作成して終わりではなく、日々の支援を行い、その記録を蓄積し、モニタリングで振り返り、必要であれば次の計画へ反映する。
この一連の流れを機能させることが重要です。
4.加算は制度趣旨まで確認する
算定要件のチェックだけではなく、
「この加算は、どのような支援や体制を評価するために設けられているのか」
まで確認すると、制度の理解が大きく変わります。
5.今後の検討状況を追う
令和9年度報酬改定については、これから具体的な議論が進みます。
論点が示された段階と、具体的な改定案が示された段階では意味がまったく異なります。
ニュースやSNSの見出しだけで判断せず、厚生労働省・こども家庭庁の一次資料を確認することが重要です。
「質」が問われることを、必要以上に怖がる必要はない
私は、今回の資料を読んで、
「これから障がい福祉事業所への締め付けが一気に厳しくなる」
と単純に捉えるべきではないと思っています。
むしろ本来の方向性は、
利用者に必要な支援をきちんと提供している事業者が、適切に評価される制度にする
というところにあります。
もちろん、今後具体的な運営基準や報酬算定要件の見直しが示されれば、事業所側には新たな対応が必要になる可能性があります。
しかし、制度改正のたびにゼロから対応を始めるのではなく、
- 利用者の状態や希望を把握する
- 必要な支援を考える
- 個別支援計画へ落とし込む
- 実際に支援する
- 記録する
- 振り返る
- 改善する
という基本的な支援の循環ができていれば、制度が「質」を重視する方向へ進むこと自体を必要以上に恐れる必要はないと考えています。
まとめ|「質の確保」が令和9年度改定の正式な検討論点になった
2026年8月27日に公表された「令和9年度障害福祉報酬改定に向けた主な論点(案)」では、「事業者の質の確保」が正式な検討論点として示されました。
今後は、
- 運営基準
- 報酬算定要件
- 指定・指導
- 虐待防止
- BCP
- 情報公表
- 管理者等の要件
- 研修
などを含めて、さらに検討が進む可能性があります。
一方で、現時点では具体的な改定内容は決まっていません。
だからこそ今は、
「何が変わるか」を予想して先回りする段階ではなく、「国が何を問題として捉え、何を論点にしたのか」を正確に理解する段階
だと思います。
そして事業所運営について考えるのであれば、私は一つの視点を大切にしたいと考えています。
書類を整えることを目的にするのではなく、実際の支援と計画・記録・振り返りがつながった結果として、必要な書類も整っている。
そうした運営を積み重ねることが、今後「サービスの質」がより重視されていく中でも、最も基本となる備えではないでしょうか。
今後、令和9年度報酬改定の具体的な議論が進み次第、当ブログでも一次資料を確認しながら随時解説していきます。
一次情報・参考資料
厚生労働省|第62回「障害福祉報酬改定検討チーム」資料
議題として「令和9年度障害福祉報酬改定に向けた主な論点(案)」が公表されています。
厚生労働省「第62回 障害福祉報酬改定検討チーム」
厚生労働省・こども家庭庁|資料2「令和9年度障害福祉報酬改定に向けた主な論点(案)」
今回の記事で主に確認した一次資料です。特に「基本的な考え方」「3.サービスの質の確保・向上と制度の持続可能性の確保」を参照しています。
資料2「令和9年度障害福祉報酬改定に向けた主な論点(案)」
支援記録と個別支援計画、
きちんとつながっていますか?
「記録は残しているけれど、個別支援計画とのつながりに自信がない」 「毎日の記録が似た内容になっている」 「実際に行っている支援が、記録から十分に伝わっているか確認したい」 という場合は、現在の記録を一度整理してみることもできます。 行政書士田中慶事務所では、個別支援計画・支援記録・モニタリングのつながりを確認し、 今後見直すべきポイントを整理する「支援記録・個別支援計画 整合性レビュー」を行っています。
支援記録・個別支援計画 整合性レビューを見る※事実と異なる記録の作成や、未実施の支援を実施済みとする記録の作成は行っていません。



