※この記事は、行政書士事務所の開業準備中に執筆した体験記を、現在の活動状況に合わせて一部修正したものです。
現在は大阪市中央区で行政書士事務所を運営し、障がい福祉事業所の運営支援・開業支援を行っています。
私自身の経験を通じて感じた、働き続けるために必要な支援についてお伝えします。
≪「大丈夫」と言い続けた私へ――うつ病と孤独な休職から学んだ支援のあり方≫はこちら
倒れて初めて、家族に知られる
復職していたある日、体調を崩して3日間自宅で倒れていました。会社が連絡を入れてくれたことで、母や兄に私の状態が知られることになります。
涙する母に、私は何も返せませんでした。ただ、「もう一人では限界だった」と、やっと気づけたのです。
母との同居、情けなさと無力感との闘い
その後、母と同居することになりました。最初の数ヶ月は、情けなさと無力感でほとんど何もできませんでした。
でも、ようやく病気と向き合う決意ができたのは、この時期だったと思います。
自分で探した「行政の支援」
退職後、体調を見ながら福祉サービスについて一人で調べ始めました。すると「就労移行支援事業所」という存在を知ります。
そこから、障がい者雇用、トライアル雇用、A型事業所と段階的にステップを踏みながら、少しずつ社会との関わりを取り戻していきました。
ただ、その間も、好不調の波は襲ってきます。そのため、障がい者雇用も退職し、A型事業所も一つは退職しています。
ただ、そんな中、本当にじれったくなるくらい少しずつ前に進んでいたのだと思います。自分自身も、周りの家族も、私のこの病気との向き合い方を、探り探りつかめてきていたのかもしれません。
支えてくれた人たちと、「働くこと」への思い
主治医、支援員、そして母。無理のないペースで働くこと、社会とつながり続けることの大切さを教えてくれました。
「働き続ける」ことは、フルタイムで働くことではありません。自分にできる範囲で社会と関わり、必要な支援を受けながら、安心して暮らす道もあるのです。
現在、私は49歳です。振り返れば、40代の多くは、思うように仕事ができない期間となりました。
それでも、今、自分は前を向けています。現在も通院と服薬を続けており、完全に治癒したわけではありませんので、不安ももちろんあります。
でも、あの時の「自分」を助けたい。あの時の「周りの人」に恩返しをしたい。
その思いを持って、現在は障がい福祉分野を中心に支援する行政書士として活動しています。
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