障害福祉事業所でインシデント報告書を確認したとき、
「発生した出来事しか書かれていない」
「職員によって記載内容が大きく違う」
「再発防止策が毎回『注意する』で終わっている」
「支援記録と報告書の内容が一致していない」
ということがあります。
インシデント報告書は、職員のミスを指摘するための書類ではありません。
起きた事実と対応を整理し、同じ事故や不適切な支援を繰り返さないために、支援方法や業務体制を見直すための資料です。
ただし、すべての出来事について詳しい報告書を作ればよいわけでもありません。
まずは、日々の支援記録、事業所内のインシデント報告、自治体への事故報告を区別し、それぞれの目的に合った記録を残す必要があります。
この記事では、障害福祉事業所におけるインシデント報告書の考え方と、再発防止につながる書き方を解説します。
インシデント報告とは
「インシデント」という言葉について、障害福祉サービスの全国一律の運営基準で、すべての事業所に共通する定義が置かれているわけではありません。
一般には、事故が発生した場合だけでなく、
- 事故には至らなかったが危険があった
- 通常とは異なる対応が必要になった
- 利用者の安全や権利を損なう可能性があった
- 支援方法や業務手順の見直しが必要になった
といった出来事を、事業所内で共有するための報告として使われています。
事業所によっては、
- 事故報告書
- インシデント報告書
- ヒヤリハット報告書
- アクシデント報告書
などの名称を使い分けています。
名称そのものよりも、どの出来事について、誰が、いつ、どの書類を作成し、誰へ報告するのかが事業所内で明確になっていることが重要です。
事故報告とインシデント報告は同じではない
障害福祉サービスの運営基準では、サービス提供によって事故が発生した場合、都道府県、市町村、利用者の家族等への連絡、必要な措置、事故の状況と対応の記録などが求められています。
一方、事業所内で使用するインシデント報告書は、法令上の事故だけに限定されないことがあります。
たとえば、次のように整理できます。
日々の支援記録
利用者に提供した支援、本人の状態や反応、職員の対応などを記録します。
インシデント・ヒヤリハット報告
事故には至らなかった出来事も含め、事業所内で原因や対応を共有し、支援方法や業務手順を見直します。
自治体への事故報告
指定権者等が定める報告対象に該当する事故について、所定の様式と期限で報告します。
事業所内でインシデント報告書を作成したからといって、自治体への事故報告が不要になるわけではありません。
反対に、自治体へ事故報告を提出した場合も、日々の支援記録や事業所内での検討記録が不要になるわけではありません。
自治体への事故報告が必要か確認する
自治体への事故報告の対象、提出期限、報告先、様式は、指定権者の取扱いを確認する必要があります。
報告対象となり得るものには、自治体によって違いはありますが、一般に次のような事故があります。
- 死亡事故
- 転倒、転落、骨折などの負傷
- 誤薬や服薬漏れ
- 誤嚥や窒息
- 行方不明、無断外出
- 送迎中の交通事故
- 食中毒や感染症の集団発生
- 暴力、虐待、権利侵害が疑われる事案
- 個人情報の漏えい
- 火災や重大な設備事故
報告対象か判断に迷う場合は、「事業所内では軽微と考えた」という理由だけで報告を見送らず、指定権者へ確認することが安全です。
緊急性が高い事故では、書面を完成させてから連絡するのではなく、まず利用者の安全確保、医療対応、家族や行政への連絡などを優先します。
インシデント報告書に必要な基本項目
事業所の様式によって項目は異なりますが、少なくとも次の内容を整理します。
発生日時と場所
いつ、どこで発生したのかを明確にします。
「午前中」「作業中」だけではなく、確認できる範囲で具体的な時間と場所を記載します。
利用者と関係職員
対象となった利用者、発見者、対応した職員などを整理します。
報告書の取扱いには個人情報への配慮が必要です。
発生した事実
実際に確認できた出来事を時系列で記載します。
推測や評価を混ぜず、
- 何が起きたか
- 誰が確認したか
- 本人はどこにいたか
- 職員はどのように対応したか
を整理します。
本人の状態
発生前、発生時、発生後の本人の状態を記載します。
たとえば、
- 表情
- 発言
- 身体症状
- 外傷
- 意識状態
- 体温や血圧などの測定結果
- 不安、興奮、拒否
- 普段との違い
などです。
初期対応
事故や異常を確認した直後に行った対応を書きます。
- 応急処置
- 看護職員や管理者への報告
- 医療機関の受診
- 救急要請
- 家族への連絡
- 相談支援事業所への連絡
- 他の利用者の安全確保
など、実際に行った内容と時刻を記録します。
原因や背景
起きた事実を確認したあと、原因や背景を検討します。
この段階では、職員一人の行動だけを原因と決めつけないことが重要です。
再発防止策
同じ出来事を防ぐために、誰が、何を、いつまでに行うのかを具体的に決めます。
その後の経過
本人の状態、受診結果、家族への説明、支援方法の変更などを追記します。
事実と推測を分けて書く
インシデント報告書で特に重要なのが、確認できた事実と、職員の推測を分けることです。
たとえば、
利用者が不注意で転倒した。
という記載では、「不注意」と判断した根拠が分かりません。
事実として確認できた内容は、次のように書きます。
14時10分、作業室から廊下へ移動する際、利用者が廊下入口付近で前方へ転倒した。職員Aが約2メートル離れた位置から転倒を確認した。床に水濡れや物品は確認されなかった。本人は「足が引っかかった」と話した。
このうえで、原因の検討欄に、
歩行時に足が上がりにくい様子が以前から見られていた。履物、移動時の見守り方法、疲労の影響を含めて確認する必要がある。
と記載すれば、事実と検討事項を分けられます。
時系列で整理する
出来事の前後関係が分からない報告書では、何が原因となり、どの対応が有効だったのかを検討できません。
次のように時系列で整理します。
13時50分 本人が作業を開始した。
14時05分 本人から「少し疲れた」と発言があった。職員は作業終了まで残り10分と伝えた。
14時10分 本人が立ち上がり、作業室出口で転倒した。
14時11分 職員が状態を確認。右膝に発赤を確認した。
14時15分 管理者へ報告し、家族へ連絡した。
14時40分 家族の了承を得て医療機関を受診した。
時刻が正確に分からない場合は、後から推測で埋めず、「14時頃」など、確認できる範囲で記録します。
本人の行動だけを原因にしない
報告書で、
- 本人が急に立ち上がった
- 本人が職員の指示を聞かなかった
- 本人が興奮した
- 本人の不注意だった
と書かれていることがあります。
これらは出来事の一部ではありますが、それだけで原因分析を終えることは適切ではありません。
事業所側についても、次の点を確認します。
- 本人の体調変化を把握していたか
- 個別支援計画に沿った対応だったか
- 職員間で注意事項が共有されていたか
- 人員配置は適切だったか
- 環境上の危険はなかったか
- 支援手順が明確だったか
- 職員が判断に迷ったときの相談先が明確だったか
- 同様の出来事が以前にも起きていなかったか
本人の障がい特性だけを原因とせず、環境、支援方法、情報共有、勤務体制を含めて検討します。
職員個人を責める報告にしない
インシデントが発生したとき、担当職員の確認不足や手順違反が見つかることもあります。
その場合も、
職員Aの注意不足が原因である。今後は注意する。
という結論だけでは、再発防止につながりません。
なぜ確認できなかったのかを掘り下げます。
- 手順が職員へ周知されていたか
- 口頭でしか引き継がれていなかったか
- 一人の職員に業務が集中していなかったか
- 記録や確認欄が分かりにくくなかったか
- 複数業務を同時に行っていなかったか
- 新任職員への研修が十分だったか
- 管理者が実施状況を確認していたか
職員の責任を曖昧にするという意味ではありません。
個人の注意力だけに依存した対策では、担当者が変わったときに同じ問題が起きる可能性があるため、業務の仕組みまで確認するということです。
再発防止策を「注意する」で終わらせない
再発防止策としてよくあるのが、
- 今後は十分に注意する
- 見守りを徹底する
- 職員間で共有する
- 声かけを増やす
という表現です。
これらだけでは、具体的に何を変えるのか分かりません。
再発防止策は、実行できる内容にします。
曖昧な例
職員間で情報共有を徹底する。
具体的な例
送迎前の申し送り時に、体調変化と服薬変更の有無を確認する。確認結果は送迎確認表へ記入し、当日の送迎担当者が出発前に確認する。8月1日から運用を開始し、管理者が1週間後に記載状況を確認する。
具体的な再発防止策には、
- 誰が
- 何を
- いつから
- どの方法で
- 誰が実施状況を確認するか
を含めます。
再発防止策は実施後に評価する
対策を決めただけでは、再発防止が完了したとはいえません。
実施後に、
- 決めた対策が実際に行われているか
- 現場の負担が過大になっていないか
- 本人の支援に新たな問題が生じていないか
- 同様のインシデントが減ったか
- 対策を修正する必要がないか
を確認します。
「全利用者について二人の職員で確認する」といった対策を決めても、人員体制上継続できなければ形骸化します。
現場で継続でき、効果を確認できる対策にすることが重要です。
個別支援計画の変更が必要な場合
インシデントの原因が、利用者の状態変化や支援方法と関係している場合、報告書の作成だけで終わらせてはいけません。
たとえば、
- 転倒が増えている
- 誤嚥の危険が高まっている
- 特定の場面で不安定になる
- 服薬や医療的な対応が変わった
- 送迎方法の変更が必要になった
- 行動上の危険が繰り返されている
場合は、アセスメントや個別支援計画の見直しを検討します。
報告書では「見守りを強化する」としているのに、個別支援計画や日々の支援手順が以前のままでは、書類と実際の支援が一致しません。
日々の支援記録にも残す
インシデント報告書を作成した場合も、利用者の日々の支援記録が空欄でよいわけではありません。
支援記録には、
- 本人に起きた出来事
- 本人の状態
- 実施した支援
- 本人の反応
- その後の経過
を記載します。
一方、事業所内の原因分析や職員体制の検討などは、インシデント報告書や会議記録で整理します。
それぞれの書類の役割を分けながら、内容が矛盾しないようにします。
報告しやすい職場づくりも必要
インシデント報告書を提出した職員が毎回強く責められる職場では、軽微な出来事が報告されなくなる可能性があります。
報告件数が少ないことが、必ずしも事故の少ない事業所を意味するとは限りません。
管理者は、
- 報告したこと自体を責めない
- 緊急時の報告先を明確にする
- どの出来事を報告するか基準を示す
- 報告後に改善結果を職員へ返す
- 報告書を提出させたまま放置しない
という運用を整える必要があります。
ただし、故意の隠蔽、虐待、重大な手順違反などを、単なる「責めない文化」で済ませることはできません。
事実確認と必要な対応を行いながら、再発防止につながる運用を整えます。
インシデント報告書の記載例
発生状況
7月28日14時10分頃、利用者Aさんが作業室から廊下へ移動する際、作業室出口付近で前方へ転倒した。職員Bが約2メートル離れた位置で確認した。床面に水濡れや障害物はなかった。
本人の状態
転倒後も意識は清明で、本人から「右膝が痛い」と訴えがあった。右膝に約3センチの発赤を確認した。出血、腫脹、頭部打撲は確認されなかった。
初期対応
本人を椅子へ誘導し、右膝を冷却した。14時15分に管理者へ報告し、14時20分に家族へ連絡した。家族の了承を得て、15時に整形外科を受診した。診察の結果、骨折はなく打撲と診断された。
背景の検討
本人は13時頃から「眠い」と話しており、歩行時に足が上がりにくい様子が見られていた。本人の疲労について職員間の申し送りは行われていなかった。個別支援計画には疲労時の移動支援方法が具体的に記載されていなかった。
再発防止策
本人から眠気や疲労の訴えがあった場合は、移動前に歩行状態を確認し、必要に応じて職員が横について移動する。確認した内容は支援記録と当日の申し送り表へ記載する。個別支援計画についても、次回担当者会議を待たずに見直しを検討する。
運営指導に向けて確認したいこと
運営指導では、事故報告書があるかだけでなく、事故発生後の一連の対応を確認される可能性があります。
事業所では、次の点を説明できるようにしておきます。
- 利用者の安全確保と必要な処置を行ったか
- 家族や行政などへ必要な連絡を行ったか
- 事故の状況と対応を記録したか
- 自治体の報告基準を確認したか
- 原因を検討したか
- 再発防止策を決めたか
- 職員へ周知したか
- 支援記録や個別支援計画へ反映したか
- 再発防止策の実施状況を確認したか
厚生労働省の解釈通知でも、事故が生じた際には原因を解明し、再発を防ぐための対策を講じることが示されています。
まとめ
障害福祉事業所のインシデント報告書は、発生した出来事を書いて保管するだけの書類ではありません。
再発防止につなげるためには、
- 事故報告とインシデント報告を区別する
- 事実と推測を分ける
- 発生前後の経過を時系列で書く
- 本人の状態と初期対応を具体的に記録する
- 本人や担当職員だけを原因にしない
- 環境、支援方法、情報共有、勤務体制を確認する
- 再発防止策を具体化する
- 実施後に効果を確認する
- 必要に応じて個別支援計画へ反映する
ことが重要です。
報告書の文章を詳しくすること自体が目的ではありません。
何が起き、なぜ起きた可能性があり、次の支援をどう変えるのかを、事業所内で共有できる状態にすることが目的です。
※本記事は2026年7月30日時点の厚生労働省の指定基準、解釈通知およびリスクマネジメントに関する公表資料をもとに作成しています。自治体への事故報告の対象、様式、期限については、指定権者の最新の案内をご確認ください。
